ウミガエルの半生記

人生半分、なんだか色々あるよね。という日記。

やっぱり人でしょ!~高齢者の新居探しはつらいよ~

その日私は人との繋がりの大切さ、ありがたみを人生で一番感じたかもしれません。

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高齢の新居探しはつらいよ

 

さて、検査入院を終えた後8日後の検査結果が出るまで、また治療後退院してからの父が安心して過ごせる住居を早急に探さなければいけません。

もといたゴミ屋敷は到底人の住める状況ではなく、部屋を見るだけでもその暮らしぶりが病気で弱った人には無理なことは一目でわかりました。

その経緯はこちら

父ひとり子ひとり。戦うものは病気だけではなかった~脱・親不孝の呪縛~ - ウミガエルの半生記

バンザイ!ゴミ屋敷バスターズ!~お金で測れないものがそこにはありました~ - ウミガエルの半生記

 

検査入院の1週間前に大阪の父の容態と入院日を病院との電話で知った私は、入院に必要な物を買いに行ったり探す時間もないため、一番早いであろうアマゾンで大阪の自宅へ届ける手配をしました。

いやあ便利な世の中になったもんですねほんとに。揃えられない物はないのでは?と思うほど何でも購入でき、そのほとんどが翌日配送できるなんて。

それと、自宅から部屋着としてTシャツいくつかとスウェットを持っていきました。

 

そのスウェットの話なんですが。

あ、その前にそうそう。父とは疎遠だったので最初はかなりギクシャクしていたのですが、検査入院後にホテルで設備などの説明をしている頃にはかなりそれも和らぎまして。「外に出る時は、絶対にカギを持って出るんやで」「バスルームのこの段差、気いつけてや」この2つをもう100万回言うくらいのつもりで何度も言いまして。

その際に「オッケー?」と言うと、かすれかすれの声で「オッケー」と繰り返すその姿はまるで子供で、ちょっと可愛いと思うくらいでした。

人間、歳を取ると幼児化するって話をどこかできいた気がしますが、なんだかそれを思い出しましたよ。

 

めんどくさいというオバケ

 

で、スウェットを気に入って履いていたんですが、新聞を買いに行きたいというので一緒に行こうとなり着替え出しました。ただもともと履いていたパンツに履き替えるのかと思いきや、スウェットの上から無理やりパンツを履こうとします。

「いやいや、それ暑いしモコモコになるやん。ちゃんと履き替えたら」と言っても、大丈夫。とそのまま履きます。

かたくなにそのまま履くので、その理由をきくとこうでした。

「めんどくさい」

 

だそうです。はい、思い出しました。この1~2日で何度も聞いたこの言葉。

歩く時も危なっかしい時もある中、父の家に使われていなさそうな杖を見つけていたので「杖あったやん。あれ何で持たへんの?」ときいた時も

「めんどくさい」でした。

敷布団を何枚も敷いていたり、寝袋を買った箱があったので、寝袋を買った理由を聞いた時も、布団が汚いからその上に敷くために買ったと。

洗ったり干したりするのがめんどくさいのですね。

 

父は究極のめんどくさがりやでした。

これもゴミ屋敷になった原因のひとつだったんでしょうね。

昔からそうだったか?

いえ、30年以上も離れていてはわかる由もありません。一人暮らしを長くするとそうなってくるのかもしれないし、そうなると結局のところ、事情があったにしろ一人にしておいた私の責任ではないかと。また自負の念が襲ってきたりします。

 

まあでも、スウェットからパンツに履き替えるのがめんどくさいというのは笑えますけどね。

 

こんなところでもコロナの影が

 

さて、自宅に帰った私はそんな父をホテルに残してきた心配でいてもたってもいられず。介護サービスが受けられる施設で今日明日と泊まらせてもらえる施設はないものかと、また「高齢者 施設 ○○市」と検索しては電話という作業を続けました。

 

ただ、介護申請もしておらず、またこのコロナ禍において即入居の相談にのってもらえる施設はなかなか無く、ショートステイというシステムもコロナ禍ではやっていないという施設ばかりでした。

 

そういう時は専門の窓口を通じて行動した方が絶対にいいよ。という知人からのアドバイスにより、社共(社会福祉協議会)に電話してきいてみたり、また入院予定の病院に「がん相談センター」というものが設置されていたのでそこに電話して探してもらうようお願いしましたが、なかなか返答はなく難しそうでした。

行政って、何かと時間がかかるもんです。

 

そうなるとホテルに一人置いておくよりは、親戚の家に泊めてもらった方がいいのか…2階の部屋での階段は、本人も不安がっていたし…それとも最悪私の部屋に…?それだけはできるだけ避けたい…

と困っていたところ、ふと思い出しました。

 

私が以前勤めていた会社の上司が、つい最近その会社のグループ会社の社長として就任したのです。その会社というのは、介護施設でした。

その施設はたしか病院と同じ市にもあったはず。

上司はとても良い人で、私は大変お世話になりました。それもあって、職場が変わってからも連絡を取り合えるくらいよくしてもらっています。

 

厚かましいかもしれないけれど、だめもとできいてみよう。

と、仕事の合間にメールで軽く今日・明日には父が入れて、入院できるまで泊めてもらえる高齢者施設を探しているということを伝えました。

 

するとなんと、速攻で電話がかかってきて事情をきいてくれました。そして、自社の施設ではショートステイそのものが無いから知り合いに当たってみるということ。

 

その後程なくして

「うちの施設長の知り合いに探してもらってます。上手く見つかればいいのですが、少し時間下さい。動きがあったらすぐ連絡します」

とメッセージが届きます。

 

なんか頼もしいなあ・・・と思いながら仕事に一旦戻っていると

2時間後にまたメッセージがきました。

 

「○○市 ○○施設、担当者○○様 TEL・・・」

「詳しいことは電話して聞いてください。大丈夫みたいです。」

「ウミガエルと言えばわかるはずです。」

 

仕事がはやい!!なんてできる男!!!

 

この社長。まあ、もともと面倒見の良い方で恐らく若い時にはバリバリ働いていたのでしょう、仕事以外でもこういうことって発揮されるのですね。

ネット検索で調べつくして、行政や専門サービスにも問い合わせ。

どうにもならなかったものが、たった一人の人にお願いしただけでこんなにアッサリと解決してしまうなんて・・・

 

私たちの世界は所詮、人の世界です。結局、人が一番大切なんだな

と改めて思ったことと、この社長がしてくれた思いやりに、涙が出ました。

 

余談ですがこの時疲れ果てていて、少し喫茶店(カフェと呼ぶには古い)で一息いれていたのですが、その喫茶店には古いピアノが置いてあり、たまたまきていた女性のお客さん(後からきくとマスターの友人らしい)がピアノを弾き始めました。

他のお客は私だけ。

少し何かを弾き終わった後、その女性は私に

「何かあなたも知っていそうな曲を弾きましょう」

と、ある曲を弾き始めました。

 

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乙女の祈りが届く

 

その曲は"乙女の祈り”でした。

バダジェフスカの有名な曲です。ロマンチックなメロディで幅広く人気を博しましたが、その一方で「芸術的価値はない」や「感傷的なサロンふうの駄作」、「愚かな時代遅れの曲」などとも評されている曲です。 

 

なんとも。この時の私の気持ち、場所(○○市という所)、喫茶店の雰囲気、ちょっと調律の合っていないピアノ、それを弾く高齢の女性・・・

すべての歯車が、なんだか音を立ててピッタリはまったように、涙があふれだしました。

この状況に悲しくて泣いたのではなく、なんて言えばいいのかな、状況を現実として受け入れることができた安堵の気持ちに近いかもしれません。

少しほっとしたのです。意味わからないですよね。不思議ですよね。

でもそう感じたのです。

この曲が例えばガーシュインやサティではそうならなかったかもしれません。

また、万が一私の大好きなバンド「ザ・キュアー」や「ザ・スミス」とかの曲だったりなんかしたら、逆に悲しくて大泣きしていたかもしれません。

 

音楽って、不思議!!!

 

あ、話がそれました。

そうそう、社長に教えてもらった施設にさっそく電話をすると、普通なら今はコロナで受け付けていないんですけど・・・という前置きに加え

「色んな関係者が関わってるんですねえー、びっくりしました」

と、社長からどんな経由で話がいったのかわかりませんが、結構力づくだったのかなと。少し申し訳ない気もしました。

まあでも、背に腹は代えられません(使い方あってる?)

 

ということで、その日は私の仕事が終わってからなので頑張っても20時くらいになってしまいますが、なんとか面談をしてくれるというので終業後ホテルに父を迎えに行き、施設に向かいました。

面談してみないと泊まれるかわからないということなので、一旦急ぎで必要な荷物だけを持って足早に向かいます。

 

私たちの世界は所詮、人の世界

 

その施設はまだ新しく、出てこられた施設長の女性もとても優しそうな方。

(電話では少しキツイ人かなと思っていた)

父への対応もとても慣れていて優しく、頼もしい方でした。

しかも、事情をすぐに理解してくれて、なんと今日から泊めていただけると。

そして入院までの8日間も空いているため大丈夫だと。

 

私、また泣きましたよ。

この人にどれだけ救われたことか。

オーバーですが、これほど「人のためになっている仕事だ」と感じたことがないくらい、この女性そして彼女のしている仕事に対して感銘を受けました。

一瞬「私も介護の仕事がしたい!!」と思ってしまうほどです。

はい。何でもすぐに感化されて流されてしまうたちです。

 

取り急ぎ必要な手続きだけして、残りの荷物を回収しにホテルに戻り、終電で私は帰途につきました。

あ、ホテルキャンセルしなきゃ。

 

とりあえず、一旦一安心。その夜は久しぶりにちゃんと眠れた気がします。

あらためまして、ありがとう社長。ありがとう施設長、そしてそこに携わった方々。

本当にありがとうございました。

 

うん、やっぱり人とのつながりって大切だなと思いました。

今回はここまでにしておきます。

なんだか面白味のない文でしたね。でもお読みいただいた方、ありがとうございます。

また余力のある夜に、次回をお話しいたしますね。

どうか良い夢を見てください。